むか~し むかし、
八剣山の麓にある賽銭淵には、いつの頃からか、黒い龍が住み着いた。
その威力は 凄まじく、龍が淵の底で 寝返りを打つだけで 地響きがし、寝言で叫んでも雷が打ちつける。ひとたび天に舞い上がろうものなら 大嵐が巻き起こった。
辺りは多大な被害を被り、村人たちは荒ぶる龍に 震え上がる毎日だ
“どうやら 若い龍は己の力を調整する術を知らぬようじゃな ”
蘭生寺院の住職 虎紋呪僧は、黒龍を退治するべく呪術を使って、挑んだが、なかなか決着が着かない。
そして いつしか、その力競べも日課のようになり1000日の時が過ぎる。
ある日のこと 僧侶はいつものように、賽銭淵に龍と戦うためにやって来たが…
なにかおかしい。
これまで、こい霧をたたえて碧々《せきせき》としていた淵の様子は 消え去り、龍の姿はどこにもなく、何やら透明感に溢れる静かな水面になっている。
“さて、龍のやつはどうしたのか…
争いに嫌気がさして去っていったのか……。
これまで続いた戦いを思い返せば、無念のような安楽のような… ”
しかし、すべては仏の思し召しと虎紋呪僧は淵を後にした
◆八剣山の竜穴
だが龍は村を去ったのではなかった。
なんと八剣山の龍舌岩にとぐろを巻いてへばりつき、大きな声で毎晩、啼くのである。
その声が空で轟くと雷がなり、嵐が起きて大雨が降り続き、村はまた大変な被害を被った。
〝 いったい、今度はなんなのだ?〟
僧侶はおおよそ人が今まで足を踏み入れたことのない八剣山の山頂にある竜穴の中に龍に会いに向かうのだった。
竜穴の入り口は狭く、なんびとの出入りを拒むような風貌である。
恐る恐る中に入ると狭い出入口からは想像もできないほど広く、積み重なるように聳え立つ巨大な岩山をすっぽりと呑込んでおり、人の恐怖心を掻き立てた。
中央の大きな龍舌岩の頂きに黒龍は悲しげな瞳をたたえて、項垂れている。
1000日もの長き日々を力の限り出しあって戦った相手という敬服の念もあり、
〝なぜにそんな情けない様子でいるのだ〟
と僧侶は龍に問いかけた。
〝虎紋呪か……〟
すると龍はじっと虎紋呪を見据えると、静かにその理由を話始めた。
◆赤木の巫女
それは、ある朝靄のかかる龍の刻。
黒龍は淵の奥底でまだ静かな眠りの中にいた… 。
するとなにやら清らかな唄声が響いてきて目を覚ます。
龍が住み着いてからというもの
人っ子一人いや虎紋呪の変人僧以外、誰もこの賽銭淵に近づくものなどいないはず…
〝虎がまさかあんな可愛い声で念仏以外を口ずさむのか…〟
黒龍は片眼をあけて千里眼でそっと見た。
“おおなんと美しい”
そこにはククリの花を摘みながらなにやら唄う娘の姿がある。
〝君が魂 いまはこの世に亡き如く 思うは浅知 今 君 吾等をぞ見る〟
宮津神社の巫女だった。
その姿を一目見て黒龍の胸には化城が建ち、行手も見えぬ不毛の大地で茶枳尼天の高笑いが聞こえてきた。
まあ単純に言えば恋に落ちたと言うわけだが、龍はそんなこととはつゆ知らず、巫女に何やらアテられたかと慌てて淵底から飛び出した。
〝小娘め、恐れおののき逃げ去るがいい〟
とその大きく裂けた口を開いて、ほとばしる金色の瞳で睨んでみせる。
しかし娘は驚く様子もなくニッコリと微笑んで深々と頭をさげる。
〝これはこれは龍神さま、聖地に足を踏み入れ、ご修業のお邪魔をしたこと、心からお詫び致します。どうかご無礼をお許しください。〟
そういうと自分が一心に摘んでいたククリの花を一本差し出した。
龍の釛珠玉は赤々と光を放ち、か細き一輪の花に射ぬかれて娘の手に囚われた。
それからと言うもの黒龍は巫女と早朝のひとときを刻を惜しんで過ごすようになったのだ。
◆黒龍の嘆き
〝成る程 そうか黒龍は赤木の巫女に玉を奪われ力も出ぬと。
それは竜舌岩にとぐろを巻いて嘆き悲しむわけよ、情けない。
この虎とて1000日もの死闘を繰り広げ戦った龍をか弱き乙女に一撃で仕留められては嘆かわしいわ。〟
虎紋呪は深い溜息をついた。
〝 ふん 。 〟
黒龍はギロリと目玉だけを動かして僧を見る。
〝のう、龍よ。ここを立ち去り二度と村に現れないと約束するなら私が巫女から釛珠玉を取り戻してやろう。このままではお前は無力な人間になってしまう… 〟
すると龍は大きく横に首をふり、〝我は人になるのを望んでいる〟というのである。
〝なんだと?〟
虎紋呪は驚いた様子で開いた口がふさがらない。
〝少しずつ鱗が落ちて龍体を無くすのを感じているが、人となって巫女の側に居られるなら…たとえそれで短い生涯を終えようとも何も思い残すことは無いだろう〟
虎紋呪はそれを聞いてさらに深い深い溜息をついて龍を見た。
〝はあ、何と愚かな黒龍よ…
化城の夢にアテられて、その神通力も長寿の龍体も捨てようとは…しかし若い龍には人生の煩悩など知るよしもないのだろう。退治して改魂させ仏に帰依し、天部にくわわらしめたまえと祈り、この1000日を過ごしてきたすべてが水の泡となった。〟
〝我が嘆く本当の理由を知りたいか?〟
今度は虎の方が頭を項垂れ嘆いていると黒龍は竜舌岩からソロリソロリと降りてきて僧侶の前までやって来た。
◆釛珠玉
その日の娘は、真夜中の闇に紛れて、そっとやって来たという。
龍に会わずに釛珠玉を置いて立ち去ろうというわけだった。
しかし、娘の匂いに気づいた龍につかまって、
〝なぜそんなことをするのか〟
と問いただされた。
すると娘はしくしくと泣き出して、
〝あなた様にお別れを言うのが辛すぎて会わずに行こうと思いました〟
と重い口をひらいて話しを続けた。
〝実は私はもう間もなく定められた方の元へお嫁に行かねばなりません、二度とあなた様にお目にかかることはないでしょう 黒龍さま、どうか私のことはお忘れください〟
がーーーん
黒龍の胸に築城された風光明媚な愛の砦は崩れ去ってゆく。
息苦しく、気の遠くなるような思いをこらえて龍は尋ねる。
〝それは…それはお前の心願なのか?〟
その問いに娘は顔をあげて
〝はい、それは赤木の巫女の本分と心得ております〟
と澄んだ瞳で答えられてはどうすることもできない。
〝ならば、仕方ない。釛珠玉はお前に授けたもの。それを持って進むべき道へ行くがいい〟
と帰したという。
いやはや精一杯のやせ我慢をしたわけか…
なるほど、そこが本当の嘆きの理由とは浅はかすぎてため息もでないとやっぱりため息をつく虎紋呪僧。
黒龍は隣に寄り添う僧をジロリと睨み、そんな思いも無きにしも有らずだが、それだけで己の魂塊を渡すやつがいるものか…と吐き捨てた。
◆九頭竜の企み
〝釛珠玉は渡せません。
……わかりました、私が九頭竜さまのところに参ります。〟
美荒月の瞳は決意の色を示していた。
~~~~~~~~~~~~~~
それはある晩、宮津神社の神主の枕元に眼鉄川の主 九頭竜が現れたことからだった。
〝宮司よ、
時にそなたの娘のことだ、神に使える巫女《かんなめ》ともあろう者が、こともあろうに宿社《やしろ》も依代《よりしろ》も持たないはぐれ竜のいる賽銭淵に毎夜、血迷って通っているというではないか?〟
九頭竜は恐ろしい形相で牙を鳴らして神主に詰め寄った。
〝そ、それは誤解でございます、
美荒月はそんなふしだらな娘ではありません っっ、
黒龍退治に手こずっている蘭生寺院の住職を、なんとか手助けしたいと申しておりました。〟
目を合わすことのできない神主は下を向いたまま、恐る恐る口を開いた。
〝黙れ、愚か者!村を邪霊や水害より守り、常に豊かな実りを与えてやっているというのに!
我が偽りなど言うものかっ!
それを証拠に己の腐れ巫女は黒龍の心玉《しぎょく》である釛珠玉を持っておる。ヒティーフの結界に後生大事にしまいこんでおるのだ!!〟
〝な、なんとっ〟
宮司は青ざめた顔をする
〝よいか!宮司、5月5日アハーシャラの祭りの日、供物の牛や、宝刀 竜裂と共に釛珠玉を眼鉄川に投げ入れるのだ!さすれば我が、村を騒がす黒龍を退治してやろう。〟
〝 し、しかし、祥毅さま、竜裂刀《サケベア》 は社殿の宝刀。 それを差し出すわけには……(;-Д-) 〟
〝完全なる竜殺しにはサケベアが必要だ、きさまは黒龍を始末してほしくないのか?しかも惑わされた娘を救いたくば、 釛珠玉を取り上げて、巫堂《むだん》の御霊座に娘を閉じ込め禊ぎ祓い、竜性《りょうしょう》を取り除かねば徐々に人の姿を無くすことになるであろう。〟
〝うーーむ、うーーむ〟
神主は困り果てたように腕を組んで唸っている。
神霊と下手な約束をすることはできないからである
グワゴォォォォーーオ
業を煮やした九頭竜は雄叫ぶ!
〝あくまでも、我の言うことに従わぬなら力ずくで巫女を奪い、100日でも雨を降らし眼鉄川を氾濫させ、村のすべてを押し流してくれる!
たとえどこに逃れようとも黒面貘《くろめんぼ》を解き放ち村人どもを臓採原《ぞしゅうばら》に叩き込み、きさまら人間がとうてい知り得ぬような生き地獄を味あわせてやるほどに、せいぜい歓喜の悲鳴でもあげるがいいわ!〟
霊態相《れいたいそう》とはいえ、九頭竜の恐ろしい形相と息遣いが生々しく、神主は背筋を凍らし震え上がった。
〝ははぁぁ~、
九頭竜さま、仰せの通りにいたします。どうか、どうか、お怒りを鎮めていただけますよう、かしこみかしこみもまおす~。〟
神主は額を畳に擦り付けて、ひれ伏した。
~~~~~~~~~~~~~~
虎紋呪は物言いたげな黒龍をじっと見て、次の言葉を待っていたが
〝で…お主は何をみたのだ? 早く申さぬか!〟
〝なにもハッキリとは見ていない〟
黒龍はバツ悪そうにそっぽを向く。
巫女の真意を知りたくて、覗き見したとは思われたくないようだ。
〝誰も覗き見たといっておらんて、無意識に見えたことであろう? だから、一体、何が見えたというのだ?〟
虎紋呪はじれったそうに食いついてくる
〝……九頭竜だ。〟
黒龍は神妙な顔でポツリという
〝なに? 九頭竜? も、もしや巫女の輿入れ先が眼鉄川に巣くう獣神 九頭竜というのか? そんなまさか、あり得んだろう。〟
そうだ、黒龍もそう思った。
しかし龍神七神通の一つ、由経通で見えたもの、それは確かに九頭竜だった。
巫女のさだめられた者が真に九頭竜であったなら、巫女は竜性《りょうしょう》が憑き人体を失い、おのずと釛珠玉は九頭竜に取り込まれ、黒龍は10体目の首になってしまうだろう。
あるいは巫女が輿入れではなく九頭竜の供物とされてしまうなら、黒龍がそれを黙って見過ごすはずもなく、釛珠玉を呼び戻し九頭竜と命を懸けた死闘を繰り広げることとなるだろう。
かといって由経通の見誤りで、そのどちらでもなく、巫女はただ普通の人間に嫁いで行く事になったとして、それは黒龍が龍体を失い、無力な人間として短い一生を終えるだけのこと。
ちょっと待った!といって巫女を略奪なんて出来るわけもなく…… かといって、あーごめん、やっぱり心玉《しぎょく》がないと死んじゃうんで釛珠玉を返せ!なんて、口が避けても言えないだろうし。
したがってどういう形になったとしても、人間となり巫女と共に過ごしたいという黒龍のささやかな願いは叶わぬというわけなのだ。
〝 ……見ろ、これが嘆かずしていられるか?〟
黒龍はぶっちょうずらで吐き捨てる。
〝 はあ。なんということだ。私が龍舌岩にしがみついて泣きたいわ〟
虎紋呪は黒龍の思いに胸を痛めながら、竜風穴を後にして山を降りて行くのだった
◆嫁入り決戦
巫女の嫁入りの日はアハーシャラ( 毘盧遮那《びるしゃな》の化身、戦闘の神とも言われている)の祭りの日でもあり、村は大変な賑わいだ。
宮村の下の山際にぽつんと一軒、屋敷があった。
村人はほとんど誰も近づいたことがない。
すぐそばの祠堂《しどう》に恐る恐るお詣りするのがせいぜいだ。
そこは九頭竜が住まう処。
もちろん、人など誰も住んでいない。
美荒月は社殿の宝具である真桐のタンス、越境の鏡、天津の竜裂刀《サケベア》を携え、供物の牛 9頭を引き連れ、懐には黒龍の釛珠玉《こくしゅぎょく》を抱き、覚悟の輿入れをしたのだった。
屋敷の前まで来ると、実体はないが竜の気配が周辺を取り囲んでいるのを感じた。
ギギイイィィィ
門がひとりでに開き、巫女も嫁入り道具を背負う牛たちも
スス~ーーッと中へと取り込まれていった。
付添人は腰を抜かすほど驚き、後ろも見ないで一目散に逃げていった。
薄暗い広間の奥で、怪しく光る2つの目。
〝よく来たな… 〟
地の底を揺さぶるような低く太い声。
神というより、バケモノといったほうがお似合いだろう。
と、巫女が思ったのか…どうか。
〝これは これは竜神さま。赤木の巫女《かんなめ》…美荒月《みやづ》です 〟
巫女は袖の袂から そっと一本くくりの花をだすと九頭竜に差し出した。
モワァッ~ーー
くもった煙が吹き上がるとその美しい くくりの花は一瞬で塵と化した。
〝我にその手は通用しない… 宝剣を差し出せ!釛珠玉《こくしゅぎょく》をよこせ!〟
ドゥオオオオオーーーン
九頭竜はその巨大な姿を現した。
9つの大きな竜の鎌首は、くねくねとあらゆる方向から巫女の回りを取り囲む。
中でも中央に位置する三本角の祥毅《しょうき》は他の竜よりはるかに大きく岩のような頑丈な鱗を持った元は鬼である。あとの八匹はすべて祥毅《しょうき》の手下であり元は蛇であった。
〝……これはご無礼を致しました。もちろん、心得ております、まずは供物の御牛を受け取ってくださいませ〟
そういって牛を差し出すと、八匹の蛇は大喜びで食らいつく。
その隙に巫女は急いでタンスの扉に手をかけた。
〝まて! 逃がしはしないぞ!〟
九つの中で一番大きな頭、三本角竜 祥毅《しょうき》だけは牛に目もくれず、牙を鳴らして怒りをあらわにした!
〝逃げはしません! お札を納めるのを忘れていただけです〟
巫女がそういって扉を開く。
祓い具の数々が飛び出してカミソリ刃のように鋭く乱れ舞い、 九頭竜めがけて向かっていった。
巫女は竜裂刀《サケベア》をさやから引き抜いて構える!!
〝なんと!おのれは我らに刃向かうか!〟
九頭竜は炎を吐き出し祓い具をことごとく焼き払う
〝極微実相玄幻子界~ーー!〟
巫女はキツい眼差しでヒティーフを唱える。
竜の動きさえ止めることが出来れば、あとはこの竜裂刀《サケベア》で三本角 頭を切り落とすだけ!!
〝無駄なこと!! この角散陣《かくさんじん》の中ではヒティーフなぞ、赤子の子守唄! 命が惜しくば刀をすて、釛珠玉をよこせ! 黒龍を得れば、十束の厨子よ!
我は完全な龍神となる!〟
剣をはね飛ばし、三本角頭は巫女の懐めがけて飛びかかってきた!!
〝いいえ!! あなたを神格化なんてさせるものですか!
ごくび~~ーーじっそぉぉ~〟
九頭竜の頭たちを交わしながら、ヒティーフを唱えて手をかざすと越境の鏡が空中で共鳴した!
〝無駄だと言うことが分からんか!愚か者!〟
襲いかかる九頭竜をかわし、
巫女は凄まじい光を放つ越境の鏡に釛珠玉を投げ入れた!
〝さぁ! 釛珠玉よ!黒龍さまのもとへ おかえり!〟
〝な!なにぃぃ〟
釛珠玉は巫女の言葉に応《こた》えるように五色《ごしき》に輝く
九頭竜はその光にはねつけられて、もんどりうった。
〝きさまぁぁ!!何をする!!〟
〝これでもう、神にはなれないわ〟
刀を拾うと、怒りに震える九頭竜の攻撃をかわしながら反撃しようと立ち回るがよけるだけで精一杯。
〝(`Δ´) このぉ腐れ巫女めぇぇぇ!おのれごときでは我の鱗にも触れられぬわっっっ!〟
グオォォォ~~ーー
九頭竜は怒り狂って大きな口をあけて吠えたてる
きゃぁぁ!
巫女はよけそこねて尾先にあたり弾き飛ばされた!
〝八つ裂きにしても、腹の虫が収まらぬわ〟
とうとう九頭竜の前足に押さえ込まれ、その鋭い爪がぐぐっと巫女の体に食い込んでゆく。
〝(TДT)あぁぁーー〟
巫女が悲鳴をあげる
ドバァァァーン!!
ほとばしる光の中から人の姿をした黒龍と虎紋呪僧が現れた!
オームハーウィラハッドゥマム!!〟
虎が呪術を唱えると
大量の五劫《ごこう》チャクラムの輪が飛び交う。
九頭竜はその煩わしさに首をふって、払いのけようと思わず巫女から手を離す!
黒龍はすかさず巫女を受け止めた。
〝……あなたは…黒龍さま〟
人の姿をしていても巫女には愛する黒龍だとすぐに分かった。
しっかりと抱き合う二人
じっと見つめ合う。
〝(;´゚д゚)ゞ 竜よ、娘はわしに任せて、早く九頭竜を倒すのだ!〟
グォ~~ーー!!
〝何をぉおのれら誰の許しを得てこの聖域に踏み込んだ!汚らわしい人間ども!!〟
怒り狂う九頭竜は首を振り乱し虎紋呪たちに襲いかかる!
キキィィィィィイイ~~ーー
黒龍は咄嗟に刀を拾って空を切り裂き、轟ぐ悲鳴のような暴音 暴波が九頭竜めがけて降り注ぐ
ギャゴゴコオオオオーー
九頭竜は大袈裟なほどにのたうち回って苦しがる。
〝…(;´゚д゚)ゞ そうやって使うものだったの…〟
巫女は黒龍の見事な立ち回りに、うっとりする
〝…しらん 〟
黒龍は無力な人間の姿とあってやむ得ず、武器をとったに過ぎなかった。
龍神にとって竜裂刀《サケベア》を使うなど全くもって本意ではなく、苦い表情のまま刀を巫女に手渡した。
〝…黒龍よ、約束を果たせよ 〟
虎紋呪僧が釛珠玉を差し出す。
〝わかっている 〟
黒龍はもう一度 振り返って巫女を見た。
〝 聖天さまぁ 〟
聖天は黒龍の幼名である。
巫女は何やら胸が騒いで黒龍に飛びついてゆく
二人は再び強く抱き占め合った。
グゴオォォォーゴォォォー
何をこの期に及んでいちゃついとるかぁぁぁ!!
あおはるの黒龍と巫女が気に入らないのか?うらやましいのか?
〝( ω-、) そだねー〟
虎紋呪もためいきをつく
〝戯けたことをオオオオ〟
九頭竜は肢体を震わせ怒り狂う
〝 うぉぉ、許さんぞぉ、臭くて醜い人間ごときがぁぁ!!引き裂いて、黒面貘《くろめんぼ》の餌にしてくれるわぁぁ!!!〟
かなり羨ましかったようだ。
太い尾を床板に叩きつけてキチガイのように憤慨している。
*黒面貘《くろめんぼ》は九頭竜の使い魔、人間の生き血や臓物を好んで食べるが、何よりも好物は人の恐怖や憎悪である。簡単には命を奪わず、いたぶり責め苦を与える人間たちを臓採原《ぞしゅうばら》の巣穴に何千と持っているという。
黒龍はギロリと睨んで恐ろしい形相になり、
〝我を貴様の下僕に食わすだと…〟
金色の瞳は眩しいほどに光を放ち、釛珠玉は黒龍の額より身体の中へと透過してゆく
しゅゅぶぉぉ~オオーーー!
辺りはパァーッと明るくなった!
青白い炎に包まれた、はがね色の黒龍は五色に輝く釛珠玉をくわえ、その美しい姿を現した。
〝 なんと、黒龍!おぞましい人間に姿を変えておったとは竜族の笑い者ぞ!〟
荒れ狂う九頭竜の先陣を黒面貘《くろめんぼ》が取り仕切る。
その数は、いつの間に集まってきたか数百体はいた。
しかし黒龍の眷族 錦獅子狛《きんじしはく》が現れて、黒面貘《くろめんぼ》たちを噛み殺し、踏み潰し、ひきちぎってゆく。
*錦獅子狛《きんじしはく》は一本角の大型獣。神霊の使い魔だ。その昔、スサノオに飼われていた獅子狛の子族と云われている。
〝九頭よ、きさまはもとは蛇であろう。蛇は蛇らしく、アスラの使い魔でもやっていろ!〟
〝なっ!? 蛇ではない!我は元羅刹族 、鬼神ラークシャサだ!おのれごときが抗う相手ではないわっ!〟
九頭竜が鬼神であったのは、もう何百年も昔のこと。蘇摩酒に手をつけ梵天の怒りをかい四門の大園を追われたのだ。
〝ふっ、鬼も蛇もなんの変わりがある?〟
黒龍は冷たく吐き捨てる
グオォォォ~~ーー!
九頭竜vs黒龍。
凄まじい雄叫びと共に両者、激しくぶつかり合った。
ピカァァ!バキバキバキバキイイイ
二体が激しくぶつかる度に空が轟ぎ雷がうち下ろす!
〝黒龍さまぁ💦、気をつけて〟
巫女は竜裂刀を握りしめ、空を見上げた。
〝さぁ、美荒月よ!我らは越境の輪をくぐってここを離れるぞ! 黒龍が思い切り戦えるようにな!〟
二匹の竜は、それから9日間も死闘を繰り広げ、ようやく黒龍が勝利した。
天手力男命の真言により九頭竜を祠に封印し、自らも八剣山の山頂 竜穴の奥で石となった。
黒龍は人の姿のまま、巫女に会いたい一心で、僧侶 虎紋呪の法力を借りて、美荒月の前に現れた。
そのかわりに仏に帰依しアハーシャラの忠実なる従者となり、人々を引導、救済する善神となることを誓ったのだ。
龍神は触れただけで女子を身籠らせることができるという。
その後、美荒月は処女懐胎し、双子の男の子を産んだ。
これが竜崎家のはじまりということだ。
黒龍は宮津神社で高露神《たかおかみのかみ》として深く敬愛し祀られた。
そして九頭竜の御霊も鎮めるために境内に祠を移し闇龗神《くらおかみ》として手厚くお祀りされたということだ。
完